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2022年4月

2022年4月30日 (土)

139ページの写真「明治三年の八菅山伏の碑伝」

Hide_hasuge1870_20220430095401

この碑伝の写真は表紙でも使用していますのですでにこちら↓でご紹介済みです。
http://banshowboh.cocolog-nifty.com/book2020/2020/11/post-901fd5.html

本文の以下修正箇所のみ、重要なので再度繰り返します。
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138ページ7行目:×「宝作(=豊作)万歳」→〇「宝祚(=明治天皇の位)万歳」
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(聖護院門跡 宮城泰年ご門主、上智大学 西岡芳文教授 からのご指摘)

2022年4月27日 (水)

137ページの写真『相州八菅山書上』

P137_sosyuhasugesankakiage

国立公文書館蔵『相州八菅山書上』については、すでに2020年10/6の「表紙の写真その2『相州八菅山書上』国峰修行」で取り上げました。

http://banshowboh.cocolog-nifty.com/book2020/2020/10/post-de4bfc.html

その時も、書きましたが、まだ未公開だったこの『相州八菅山書上』は私が4,480円をお支払いしてスキャニング作業を行って頂きました(2017年7月)。そして今は、国立公文書館のデジタルアーカイブでどなたも無料で(!)閲覧&ダウンロード出来るようになっているのであります(くどい?)。

私の出費が世のため人のために役に立っているのだから納得いたしまーす(貧乏人の・・・?)。

2022年4月20日 (水)

第6回 相模国霊場研究会のお知らせ

事務局を務めております相模国霊場研究会の第6回を開催いたします。

会場が相模大野に戻ります。会場の使用時間も15時からです。世の中が落ち着くことを祈りながら当日に向けて準備したいと思います。参加される方は5/31(火)までに必ず事前の参加申し込みをして下さい。
http://banshowboh.world.coocan.jp/sagami_study/

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【日時】
2022年(令和4年)6月6日(月)15時開場・会場準備・受付開始
 15時20分~18時30分
【場所】
相模原市立 市民・大学交流センター ユニコムプラザさがみはら
(小田急線相模大野駅 徒歩2分)
ミーティングルーム4(定員30名のところ感染症対策のため20名)
【会費】600円(場所代+事務諸経費)

【研究発表】

1) Kozic Josko(ハイデルベルク大学:ドイツ)
「海外から観て研究される「修験道スタディーズ」と国境を越えた「グローバル修験道」 -大山信仰を軸に-」
・ 近年注目されている「修験道」、特に海外で「修験道スタディーズ」として学術的に研究されている日本の山岳信仰に関する新たなアプローチをテーマとする。
・ 関東地方の修験者の講(行者講)の歴史を含むそれらの新たな動向を明確にしながら紹介し、更なる将来性も取り上げることを目標とする。
・ 聖地巡りや海外でも普及している修行体験を宣伝する主な寺社等から発信される情報伝達方法も考察の対象とする。

2) 城川 隆生(もと県立高校教諭)
「『大山地誌調書上』を読む(その1)」
 天保六年(1835)に大山町と大山寺が幕府地誌調所に提出した大部の『大山地誌調書上』は大山研究の中でいまだほとんど活用されていない。この書上をもとに『新編相模国風土記稿』が編纂されているが、その過程で地誌調所による大山一山の大きな捉え直しが行われ『風土記稿』に表現されたことを発表者はすでに論考等で明らかにしている。現代の大山研究にも影響を与えている『風土記稿』テクストは注意深く扱うべきである。そこで、大山町と大山寺の当時の自己認識が表明されている『大山地誌調書上』を丁寧に読む共同作業を行いたい。史料は東京大学史料編纂所蔵の大正10年の謄写版を使用し、今回は全20部中の前半18部の書上を読む。

【懇親会】
夜の大人数での会食を避けるべきことが社会的に要請されておりますので今回も事前の計画はいたしません。

2022年4月15日 (金)

136ページの絵「かつて各所の御嶽神社の祭神だった蔵王権現」

P136_zaougongen

この絵はこの本の中で最も後悔している自分で描いた下手くそな絵です。数ある蔵王権現像の中でも秀麗な姿として評価の高い如意輪寺(奈良県吉野郡吉野町)のお姿をモデルにしました。お恥ずかしい。

西日本にはこの他にもたくさんの蔵王権現像や図が現存していますが、神奈川県には、南足柄市三竹の御嶽神社にだいぶお姿の壊れているのが残っているのと、相模原市緑区吉野の吉野神社の懸仏ぐらいしか現存していないのではないでしょうか(吉野の地名は偶然?)?
もと蔵王権現社だった御嶽神社はたくさんあっても、そのほとんどは亡失したか処分されたのでしょう。ほかにご存じの方がいたらぜひ教えて頂きたい。

ところが、『新編相模国風土記稿』津久井縣輿瀬村の蔵王社(現在の与瀬神社、相模原市緑区与瀬)の項には、当時まだ現存していた素晴らしいご神体の図像が掲載されています。あとから思い出してとても後悔しました!これを掲載すれば良かったのです!

ただし、この「蔵王権現ノ図」は刊行本ではその魅力は伝わりません。やはり原本の陸軍文庫本です。津久井縣の調査を担当したのは幕府地誌調所のスタッフではなく八王子千人同心の調査隊です。この絵は誰が描いたのでしょうか?この調査隊には『武蔵名勝図会』『日光山志』『鎌倉攬勝考』なども著した植田孟縉という地誌編纂の達人がいたことがわかっています。そして植田孟縉は実力のある画家でもありました。この調査隊には他に河西愛貴という画才のある人物もいて、この2人が八王子千人同心の地誌調査隊の原画作成の主力だったと考えられています(八王子市郷土資料館『江戸時代に描かれた多摩の風景~『新編武蔵國風土記稿』と『武蔵名勝図絵』』 2010 参照)。

この「蔵王権現ノ図」に限っては、明治政府が筆写させた内閣文庫本も見劣りしません。これもなかなかの絵師が担当したのでしょう。

今年1月23日、あつぎ郷土博物館で私の講演「相模国霊場研究と『新編相模国風土記稿』原本の存在」が予定されていました。しかし行政府の「まん延防止等重点措置」のため直前に中止になってしまいました。講演では文字テクストだけでなく各種図像の比較も行って『新編相模国風土記稿』各本の成立の順序をテクスト分析の手法でお示ししようと準備していました。

テクスト分析の材料として、そして、ほんとはこの陸軍文庫本「蔵王権現ノ図」をこの本の挿絵に使いたかったという思いをこめて以下ご紹介。

P136_zaougongen_hudokikou

※陸軍文庫本については以下をご参照下さい。
拙稿「相模の一山寺院と『新編相模国風土記稿』地誌調書上-大山寺と光勝寺-」(『山岳修験』第65号、日本山岳修験学会 2020)

2022年4月 4日 (月)

134ページの写真「里山伏の末裔の家に伝わる切紙」

P134_kirigami

これは厚木市下荻野にあった修験寺院 光善院(本山派、小田原玉瀧坊霞下)に伝来した寛政2年(1790)の史料で、厚木市郷土資料館(現在はあつぎ郷土博物館にリニューアル)が2002年に行った企画展「相模の修験者」で展示されていたものです。もと館長の大野先生から写真を送って頂きました。各種の護身法(行者が身を堅固に守護する呪法)が伝授されていたようです。

この前後のページも見てみないと全体がわかりづらいのでそのうち拝見したいなあと思っていて、大野先生には先日お願いの電話をしました。
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  唵 ソテイザ■リ(?) 以上五印 真言一度

次 九字印
  一 二 三 四 五 六 七 八 九
  臨 兵 闘 者 皆 陣 烈 在 前

   以上九印 一印ニ一字ヅゝ唱フ

   右ノ一ヨリ九マデ印結ビヲワツテ九字ノ
   前ノ字ノ印ニテドゞメ左ノ鞘ノ中へ種
   々ノ祈願ヲコメ鞘ノ下ヘアテタル刀
   印ヲ鞘ノ手ノ上アテ替テ蓋ヲシタ
   ル如クカタクヲサエソレヨリ右ノ刀印
   ヲ宝釼トミナシ一ニ三ノ圖ノ如ク三度
   クリカヘシ刀印ニテ切ルナリ

次 金剛縛印 真言口伝 六字明王咒唱
  オンギャチギャチギヤビチカンチタチ
  バチソワカ
  天竺ノ天ノフリナワヲロシタマヘ印ヲ結ヒ
  タルマゝ中央左右ト一度ツゝ押スベシ

次 護身印真言
  ニ手内相又右押左ヲ堅ニ中指ヲ屈シテニ頭ヲ
  如釣形於中指背勿令相着並大指押無名
  指印五処額右肩左肩心喉散頂

  オンハジラギニハラジツハダヤソワカ

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最後の真言は、被甲護身の真言で、現代で一般的に使われている発音とは違う模様。昔は流派によって多様に発音されていたのだと思います。例えば「ハジラギニ」は現代の真言宗のテキストなどでは「バザラギニ」と表記されていますが、もとはサンスクリットの"vajra agni"(「金剛」(ダイヤモンドのように堅固な)「火の神アグニ」)なので、この切紙の発音の方がインドの発音に近いと思うのですが。

その前の六字明王の真言は、梵字マントラで書いてあるのが珍しいのでは?六字明王そのものは11~12世紀の白川院政期に上皇の周辺で創造された純日本産の尊格らしいのですが、怨敵からの難に対抗することが出来る呪文は漢訳経典のいくつかに「佉知佉注佉毘知緘寿緘寿多知波知」として伝来していたようです。ただこの呪文を唱える時の本尊を六字明王としていたのは真言宗の中の限られた一派(小野勧修寺流)だけだったらしいです(上川通夫「『覚禅鈔』「六字経法」について」『愛知県立大学文学部論集』54巻 2006 参照)。

それが江戸時代には荻野の天台宗系の山伏さんにも伝わっていたぐらいポピュラーになったのでしょうか。これも発音は濁らず「キャチキャチュウ・・・」の方がもとの発音に近いんでしょうか?

六字明王のお姿はなかなか変わっていて『大正新脩大藏經図像部第3巻』(SAT大藏經テキストデータベース研究会「SAT大正新脩大藏經テキストデータベース」https://dzkimgs.l.u-tokyo.ac.jp/SATi/images.php?vol=03)でも閲覧できます。

2022年4月 2日 (土)

大山の小字地図作成

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今週は、時間を見つけて横浜地方法務局厚木支局に通って、中郡大山町時代の土地台帳5冊の数百ページをめくりながらブルーマップ(住居表示地番対照地図)の地番に照らし合わせて地形図上に各小字エリアを色分けするという面倒な作業を行いました。天保六年『大山地誌調書上』に出てくる地名がどの辺を指しているのかはっきりさせるには、まず小字の把握だろうと考えたわけです。この作業でずいぶんわかりました。大山の「鐘ヶ嶽」?と思っていたのも判明。

厚木市や愛川町は各教育委員会が小字や伝承地名がわかる刊行物を発行しているので、それを使って調査研究が出来ますが、伊勢原市には公開されているものがないので自分で作ろうと思ったのです。以前、教育委員会の重鎮のさる方に、地名がわかる資料を作って公開しないのですか?と質問したことがあるのですが、ある理由から公開しない、という事も伺っていましたし。

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