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2021年12月 7日 (火)

105ページの写真「前不動の跡地 追分」

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大山の男坂と女坂が分岐するこの場所の江戸時代の様子は、天保6年(1835)4月に大山寺が江戸幕府地誌調所出役の内山孝之助と小笠原藤右衛門に提出した『大山地誌調書上』にこのように記録されています。
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前不動ゟ本坂末社覚

一 前不動堂地坪数百拾弐坪
   大山入口銅鳥居ゟ前不動迄道法廿弐丁

一 不動堂
   桁行四間五尺梁間同断 流破風
  不動尊
   木立像四尺三寸五分 作相知不申候
   二童子 木立像丈弐尺 作相知不申候

一 御棟札
     元禄六癸酉年   別當八大坊法印空辨   
   前不動堂大檀越内大臣源綱吉公
     十一月朔日  御奉行 五味小左エ門尉豊法
                豊前十左エ門尉忠政

一 同所ニ瀧有之前不動滝与唱申候
   瀧高サ九尺 瀧壺□間九尺
    瀧口者樋□落し申候

一 同所唐銅手水鉢
   高サ三尺四寸 渡り三尺五寸六分
    寛政十一己未年正月  

一 無動庵
   間口四間 奥行弐間半

一 本坂登り口石獅子壱對
   高サ 三尺四寸 長 四尺弐寸
    文政十三寅年五月

・・・(以下略)・・・

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「前不動滝」や「無動庵」など、今まであまり知られていなかった様子もわかります。『大山地誌調書上』は、『新編相模国風土記稿』編纂のために提出を求められた報告書ですが、編纂の中でまとめられたり省略されたり書き換えられたりする前の貴重な史料です。東京大学史料編纂所に大正時代に筆写された謄写本が現存していて、現在、筆者はそれをもとに少しずつ分析作業を行っています。その一端は、「相模の一山寺院と『新編相模国風土記稿』地誌調書上-大山寺と光勝寺-」『山岳修験』第65号(日本山岳修験学会 2020)に少しご報告してあります。

後は、相模国霊場研究会で、これから何回かに分けてご報告予定です。大山についての今までの歴史説明にかなり間違いがあることがよくわかります。次回の相模国霊場研究会は2022年6月6日午後3時15分、場所は相模大野のユニコムプラザさがみはらです。新しいご参加者常時募集中です。

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