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2021年5月20日 (木)

44ページの写真「平安時代の資料にも記されている大峰第三十八行所の深仙宿」

P44_jinzen

12世紀末の源平合戦の頃にその原型が編まれたと言われている西行の私歌集『山家集』(さんかしゅう)にも、ここ深仙(じんぜん、しんせん)で詠まれた歌が3首あります。西行も大峰修行を経験した山伏でもありました。
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大みね(大峰)のしむせん(深仙)と申所にて、月をみてよみける

ふかき山に すみける月を見ざりせば 思出もなき 我身ならまし
(西澤先生の解釈:大峯山中、深仙の宿で澄んだ月を見る。聖域の中でも最も深遠な神秘の地で、この神聖な光に触れることがなかったら、私にはこの世の思い出など何もないと言っていいくらいだ。※ 西澤美仁『西行 魂の旅路』角川ソフィア文庫 2010)

みねのうへも おなし月こそてらすらめ 所からなる あはれなるへし

月すめは たににそくもはしつむめる みね吹きはらふ 風にしかれて

※日文研和歌データベース『山家集』01104-01106
https://lapis.nichibun.ac.jp/waka/waka_i133.html

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この西行『山家集』の大峰修行中の歌を題材に、西行の入峰修行ルートと聖域としての大峰を地理学的に分析した素晴らしい論考があります。駒沢大学教授 小田匡保先生「「山家集」に見る山岳聖域大峰の構造」『史林』第70巻第3号(1987)。まだ京都大学にいらした頃に書かれた論文だと思いますが、この論文にはその分析の鮮やかさにかつて感動いたしました。学術論文で感動するというのもなかなかないことです。初対面の時には、その旨をお伝えした記憶があります。因みにこの論文は京都大学学術情報リポジトリで公開されていますのでご興味のある方はぜひお読み下さい。
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/238923

さて、現代の大峰修行では、この深仙宿(約1500m)の後、いくつかの行所を経て前鬼(約800m、同じく奈良県下北山村)へ下ります。役行者に従っていた鬼の夫婦 前鬼・後鬼の子孫と伝承されてきた五軒の方々(各家とも苗字に鬼が付きます)が暮らしてきた宿坊集落です。現在は小仲坊一軒だけになりました。ここではお風呂に入ることが出来ます。そしてヤマビルも一杯でした。風呂場でも目撃しました。

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