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2021年5月 2日 (日)

41ページの写真「大峰と葛城」

P41_kii_peninsula

日本の歴史の中の「大峰」とは、現代の国土地理院地形図に掲載されている地名「大峰山脈」として、現代でもほぼ同じ空間がイメージされると思います。それに今でも山伏の修行は大峰山脈の全域で盛んです。

しかし、「葛城」は、現代の地形図では「和泉山脈」と「金剛山地」に分けられていて、しかもその中に「和泉葛城山」(大阪府岸和田市・貝塚市/和歌山県紀の川市)も「金剛山・葛木神社」・「葛城山」(奈良県御所市/大阪府南河内郡千早赤阪村)もあって、さらに「かつらぎ町」(和歌山県)という自治体もあります。その上、大都市圏に近いため、この山脈のあちらこちらが主要幹線道路で分断されています。山伏修行がいまでも盛んなエリアもありますが、自然の森の中を歩き通すことはもはや不可能。南関東の方に歴史的な「葛城」の話をしても、どうも受け取っている葛城の地理イメージが違うなと思ったこと度々。

南関東の人間には歴史的な「葛城」が意味する空間がわかりにくいのだと実感したので、こんな地図を作った次第。

そして、私は紀伊半島とはつくづく深い縁があると実感しています。☆印は、筆者の出生地。母親の実家の畳の上でお産婆さんに取り上げられました。三重県多気郡宮川村(今は大台町)滝谷。お伊勢さんの上流の山奥の生まれです。

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