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History-Geography/歴史・地理・信仰・民俗

2020年7月13日 (月)

高尾山トレーニング

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雨が降り出す前にと、午前中高尾山半日トレーニング。今日こそ山頂まで45分でと稲荷山コースを登り始めたが、ぐちゃぐちゃ&スリッピーなぬかるみだらけで、10:15に登り始めて山頂11:10。55分でした。曇りの日で今の見所はヤマユリです。ちょうど咲き始めから満開です。

足元が汚れて悪路を避けようと今日も薬王院から1号路を下って高尾でお昼を食べて帰りました。現代の薬王院は修験道に力を入れていらっしゃって、高尾山から歩いて富士山に登る入峰修行を実践中。ここでは、富士山は「浅間大権現」として祭られています。

富士山を仏教的に祭る時には、歴史的には「浅間大菩薩(せんげんだいぼさつ)」とするのが一般的ですが、「浅間大権現」とはかなり珍しい祭り方です。富士山の神仏としての呼称は、古代においては「アサマオオカミ(アサマノオオカミ)」「かぐや姫」、中世になると「浅間大菩薩」「大日如来」、さらに江戸時代以降近世になると記紀神話に登場する神様「コノハナサクヤヒメ」を当てる人々が現れ、明治維新で神仏分離となると古代の「浅間大神」=「コノハナサクヤヒメ」として現在に至っていると認識しております。

神社もお寺も時代と共にどんどん変化しております。だから「伝統」は難しいのです。いつの時代の伝統を指しているのかわからないからです。

2020年7月 8日 (水)

ダライ・ラマ"Inner World"発売!

まだダウンロード販売のみ。
https://www.dalailamainnerworld.com

チベット文化の基層 密教は日本文化の基層でもあるのです。密教を批判し山伏も否定した近代初めの宗教政策によっても消えることなくこの日本の文化を色濃く彩っています。チベット密教の存続を祈ります。

2020年7月 2日 (木)

高尾山トレーニング

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家近くの恩田川沿いをトレーニングのために走って最後に階段ダッシュ数本とかやっていたらふくらはぎを痛めました。やはり山を歩いた方が歳相応の良いトレーニングだと思って、そろそろ「来ないでください」とは言われないだろうと、高尾山午前中トレーニングに向かいました。

けっこうな人出でした。6号路の登山口でちょうど10:30だったので45分で登ろうと思って山頂で時計を見たら11:19で体感と違ってちょっと悔しかったです。やはり衰えているのかあ?

この季節、あんまり花は咲いていません。花はオカトラノオ(丘虎ノ尾)、アカショウマ(赤升麻)、ヤブレガサ(破レ傘)、オオバジャノヒゲ(大葉蛇ノ髭)、オオバギボウシ(大葉擬宝珠)。緑の実はマムシグサ(蝮草)かミミガタテンナンショウ(耳形天南星)か?珍しくカゴノキ(鹿子ノ木)もあります。

そして高尾山は薬王院というお寺のお山。薬王とは薬師如来のことですが、江戸時代以降の薬王院は飯綱権現という信州発の天狗の神様の霊験を前面に出して参詣者の信仰を集めて来ました。なのでこの飯綱権現堂が一番立派です。お寺なのに本社。良いんです!これが日本の宗教文化の神髄です。雑じり合うことが日本文化の特質。ファナティックに純粋なものを求めるのは本来日本的ではない。

東京都指定文化財のこの拝幣殿は宝暦3年(1753)に建てられ、その後、文化2年(1805)の再建修理でこの華やかな彩色やバク(獏)をはじめとする色々な霊獣が取り付けられました(「高尾山の建築について」『多摩文化』第24号 1974)。身近な寺社建築は、特に19世紀から20世紀初めの時代が全般に細かいところまで派手で見応えがあります。江戸時代の終わり頃から明治時代です。職人の技と人々の信仰心がうまくマッチした時代だと思います。

2020年6月29日 (月)

国会図書館

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久しぶりに国会図書館へ出張。一週間前にオンラインで予約を申し込んで抽選で当たったので入館出来ました。

今、校正に入っている本(今年秋出版予定)と今執筆中の論文(出来れば来年発表の学会誌に間に合わせたい)に関わる九州の資料が必要だったのです。「豊後国岡藩」、現在の大分県竹田市の資料。

入館時は検温、当選者かどうかのチェック、そして館内放送で「短時間でお帰り下さい」って言われても、抽選で当たったこの機会に何時間でも粘って資料を調査&複写し尽くしたい、とたぶん皆さんそう思っているはずです。

2020年6月24日 (水)

万象房ティアーズ・レーベルからAPPLE GEETA「ラグパティ・ラガヴァ」リリース!

2020年6月23日 (火)

沖縄戦

なんとかして見なくては。7/25(土)~ 新宿K’s cinema、他にて公開決定「ドキュメンタリー沖縄戦 知られざる悲しみの記録」

2020年6月17日 (水)

カシミールの印中衝突

2020年6月13日 (土)

やっと愛川町へ

 本日は伊勢原市中央公民館で講演するはずでした。5月中にレジュメ資料を送って下さいと言われていたので、かなりの時間をかけて大部のレジュメとパワーポイント資料を作ってレジュメの方は月末にお送りいたしましたが、結局、公民館は6/15まで閉館になりましたので11月に延期いたします、というご連絡を頂いてガクッ。

この講演の中身で目玉のつもりだったのが、先日発見した日向薬師の縁起で、おおよその概略がわかるレベルまでは解読したものの、なにしろ崩し字の古文書。それをお示しして一緒に崩し字解読勉強会しませんか?のようなお話まで考えていましたが、このウィルス騒動では仕方がありません。

そこで、再開した愛川町の郷土資料館へ無理を承知でまた古文書解読のサポートのお願いm(__)m。歴史学、特に近世以前の文献史学の古文書読みの先生方にはほんとに頭が下がります、尊敬します。こちらは哲学科の日本宗教思想史出身です。ひたすらお世話になるしかありません。

大雨&渋滞の中、辿り着いてみれば、万象房野外講座にも何度も参加している地元選出某若手政治家も調査研究に来ていて久しぶりの再会。色々と情報交換や噂話も出来て有意義な時間でした。

 愛川町をお暇したあとは厚木市のあつぎ郷土博物館へ、江戸時代の山伏が建立して今そこで保管しているある石造物の文字が「三」なのかキズがついて「五」に見えるのかを確認させて頂きました。これは今年出版予定の拙著に関わる問題。それにしても、どの施設もウィルス対策で色々と大変なリスタートになっています。日本中、いや世界中、そうなんでしょう。

 今日は仕事が無くなった一日をなんとか有意義な時間に転換することが出来ました。そして、愛川町の主要道路でも、4月5月の「神奈川県に来ないでください」「県境をまたいだ移動は自粛して下さい」という電光掲示板はありませんでした。今後もずっとそうであって欲しいと祈ります。

2020年6月 1日 (月)

本日の相模国霊場研究会(第3回)は11月2日(月)に順延になっています。

本日は本来ならば、相模国霊場研究会の開催日でした。会場の相模原市立市民・大学交流センター「ユニコムプラザさがみはら」は6/19まで閉館中。

残念ながら11月2日(月)に順延になっております。どうなることやら・・・。しかし研究活動は止めてはいけない。自分を含めて皆様のより一層の研究成果を期待するのみ。

http://banshowboh.world.coocan.jp/sagami_study/

2020年5月28日 (木)

出版決まりました。

神奈川新聞の連載以来、それをとっかかりに数年間書き溜めていた原稿が本になります。年内には出版予定です。今日は出版を引き受けて下さった出版社夢工房さんへ打ち合わせに伺いました。神奈川県西部~丹沢山麓地域の文化・歴史・生活・自然にこだわった出版社です。歴史&民俗学専門出版社の岩田書院社長から勧められ、この地域にこだわった内容ならばまずは、というご意見に動かされ原稿を読んで頂いて話が決まりました。

この休業中は経営的にはとんでもなく大変なことになりましたが、執筆作業に限っては集中して作業が出来ました。そして、今日はさっそく編集のプロの客観的な視点はとてもためになると実感いたしました。テーマから章立てまでご意見を頂き修正すべき点がたくさん見えてきました。もうしばらくこの作業も頑張ります。

帰途、大山の麓で撮り直したい写真も撮影、厚木を通過ついでにはウクレレEbAkのお店で美味しいコーヒーとプリンを頂いて帰りました。

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