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2019年4月30日 (火)

光格天皇メモ

新聞で「光格天皇以来」という文言があちらこちらに書かれていたので、山伏にとってはとても縁の深かったこの天皇についてメモとしてまとめておきたいと思いました。

光格天皇:1771(明和8年)-1840(天保11年)
1772(安永元年)、聖護院門跡忠誉親王の付弟となる。(つまり、当初は山伏になる予定で養育される)
1779(安永8年)、宮中へ迎えられる。
1780(安永9年)、天皇として即位。※ 代わって、弟の盈仁親王が聖護院門跡(文化3年 大峰修行、光格天皇護持僧)となる。
1788(天明8年)、内裏炎上、聖護院へ御所を移す。1790(寛政2年)還幸。
1799(寛政11年)、修験道の開祖とされる役行者千百回勅会にあたり「神変大菩薩」の諡号を贈る。
1817(文化14年)、譲位。
1831(天保2年)、巍宮(=>聖護院門跡雄仁親王、天保10年 大峰修行、天保12年 八菅山来山、孝明天皇護持僧、最後の皇族山伏、明治維新後は海軍総督)を養子とする。
1840(天保11年)、泉涌寺に葬られる。

以上、首藤善樹『修験道聖護院史要覧』岩田書院 2015、同『修験道聖護院史辞典』岩田書院 2014 より

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